小論文や英語の授業のなかで、英語や日本語で書かれた文章を読解していくとき、わたしは生徒さんにたくさんの問いを投げかけます。
「この代名詞は具体的には何を指しているのだろう?」
「この語はここではどのような意味で使われているのだろう?」
「この具体例は、どの主張を支持するためのものなのだろう?」
「”しかしながら”とあるが、いったい何と何を対比させているのだろう?」
「なぜここはカギかっこ(クオーテーションマーク)で囲まれているのだろう?」
「この文章を大きくいくつかに分けるとするなら、どう分けられるだろう?」
「この文章の全体の主張をひとことで言うと、どうまとめられるだろう?」
「あなたはこの主張に賛成する?反対する?」 などなど……
こんな質問をすると、ときには困惑してしまう生徒さんもいますが、あえてそんな質問を投げかけるのは、当然理由があるからです。まず、ただ訳す・読むだけではなく、しっかり内容が理解できているかどうかをたしかめるというのが第1の理由です。1語ずつ辞書をひき、調べた意味をつなぎ合わせて訳を書くことができたとしても、それだけでは決して十分ではありません。読解では、書かれていること自体を理解したうえで、そこから推論して「書かれていないこと」を読みとるということが圧倒的に重要なのです。上に挙げたような問に答えようとすることで、この推論をステップバイステップでたどっていく練習ができます。
この第1の理由も大事なのですが、さらに大事な第2の理由もあります。それは、自分ひとりで読むときに、自分で自分自身に問うことで読解を深められるようになってもらうためです。他の人に出してもらった問に答えるだけでは、自分自身の読解力を高めるという点においては、まだ足りません。自分自身で、上に挙げたような問を適切(文章のどの部分について問う? またそこで何を問う?)にたて、それに答えながら読むことができてはじめて、「自立した読者」になれるのではないかと思います。
堀口先生