臨床心理学の授業をしていて、意外に生徒さんがつまずくのは疾病の分類です。心理検査や心理療法に一定の知識がある生徒さんも、「精神病と神経症の違いは何か?」などの基本的な問題に、「どちらもよく聞く言葉だけどどう違うの?」と戸惑ってしまったり。
この理由としてはまず、用語や分類が日々変わっていくこの分野では、教科書によって記述もまちまちであったり、なかなか包括的な解説がなかったり、ということがあるのではないでしょうか。たとえば上で挙げた「精神病/神経症」という分類も、今日のメジャーな診断基準であるDSM(精神障害の診断と統計の手引き)では採用されていません。用語の変化では、2002年に「精神分裂病」という病名が「統合失調症」に変更されたのが代表的ですね(英名は schizophrenia のままです)。
さらに、この分野は、「そもそも異常とは何か?」という根本的な問いを常にはらんでいます。時代によって、何が病気とされるかは異なります(たとえば以前のDSMには「同性愛」が含まれていました、今日同性愛は疾患とはみなされません)。はたまた、「病気」なのか「病気」でないのか位置づけの難しい概念もあります(たとえば「パーソナリティ障害」)。疾病の名称や分類は、精神医学の知見によって、また、社会との関係によって、今後もどんどん変わっていくものと思われます。
さてそんな中、昨今そうした難しさが最も表れているのは、「発達障害」をめぐるさまざまな考え方ではないでしょうか。2013年に改訂されたDSM-5に「自閉症スペクトラム」の概念が採用されたことで、用語や概念の混乱に悩まされている受験生も多いのではありませんか?「自閉症スペクトラム」とは、これまで広汎性発達障害の中のそれぞれ独立した疾患として扱われていた「アスペルガー障害」「高機能自閉症」「カナー症候群」などを、連続体(=スペクトラム)の中の様態として包括的に捉える考え方です。
発達障害については近年、毎年複数の大学院入試で必ず出題されています。同時に、一般でも「大人の発達障害」などが注目されていますね。このようにある障害が社会的にクローズアップされることは、それまで単に「個人の性格の問題」などと片付けられていた人が診断を受けるようになる、それにより援助を受けられるようになる、ということにつながります。しかし一方でそれが、レッテル貼りや偏見につながる危険性ありますね。こうしたことをふまえて、発達障害についての本を一冊あげるなら、高岡健『やさしい発達障害論』(批評社)がおすすめです。支援について平易な文体でわかりやすく書かれているのみならず、発達障害という概念そのものの歴史にも触れられています。本書で述べられている、「障害」が社会との関係において規定されるものだという考え方は、発達障害以外の障害もあてはまることであると思いますが、みなさんはどう思われるでしょうか?
村田先生