作者と演出

投稿者: | 2013 年 8 月 23 日

 今年2013年は2人の著名な作曲家の生誕200年にあたります。一人はドイツのリヒャルト・ワーグナー、もう一人はイタリアのジュゼッペ・ヴェルディです。奇しくも二人とも主要な作品はオペラで、ウィーン、ミラノ、パリ、ロンドンなどヨーロッパの主要都市の歌劇場では毎年取り上げられ上演されている人気作曲家です。今回取り上げたいのは前者のワーグナーで、彼の作品の中でも特に人気が高いのが「トリスタンとイゾルデ」です。この作品はタイトルロールの二人、コーンウォールの王子トリスタンとアイルランドの王女イゾルデの恋物語で、中世のヨーロッパで成立した物語をワーグナーがオペラにしたものです。

 通常、オペラは歌手が舞台上で演技をしながら歌うのですが、2005年にパリのオペラ・バスティーユで上演された「トリスタンとイゾルデ」は、舞台上に巨大なスクリーンが設置され、事前に作成されたイメージ映像をそこに映し、歌手は舞台上で歌うだけ、というものでした。この演出は斬新なものでしたが、パリの観客には拍手で迎えられました。私もこの上演を2度見たのですが、あまり好きになれません。と言うのは、ワーグナーは自らの舞台作品を総合芸術、と考えており、そこには一人の人間が歌も演技もこなす、ということが含まれているはずです。しかし、この演出では歌手は歌だけ、演技は専門の俳優を使った映像というように、両者が完全に切り離されてしまっています。こういった例をみると舞台作品の作者とは何なのだろう、と考えさせられます。作品は作者からは独立したものですが、上述の場合は例えるなら作品は演出家による料理の材料にしか過ぎないようにも感じられます。総合芸術を目指したワーグナーの作品で、このような作者の意図を粉砕する演出が現れ、それが観客に受け入れられたというのは皮肉としか言いようがありません。

疋田先生